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~北の国から~(7)

1998年3月15日発行 みみっと8号に掲載

瀬谷 和彦


 弘前は毎日のように雪が降っています。これが暖冬のせいなのでしょうか、例年は積雪が青森の半分程度なのに今は青森と同じくらい積もっています(約60cm)。しかも、ほぼ毎日が真冬日です。本当に暖冬なのかな、と疑念を抱きつつも仙台(ここ数日寒いようですが)や東京の暖かさを懐かしんでおりますが、みなさんお変わりないでしょうか。

 さて、今回からしばらく補聴器のことを中心に書きたいと思います。会員の方々の大多数にとって補聴器はおそらく生活必需品としての役割を担っていることと推察します。しかし、意外なことを書くようですが、補聴器はいわゆる必要悪なのです。身体にはよくはないけれども使わないと社会の中を生きてはいけない機器なのです。

 では、まず何故補聴器が身体に良くないのかを説明しましょう。
むかし、かの有名な難聴の作曲家ベートーベンがラッパ型の集音器を使ってコミュニケーションをとられたことはみなさんもご存じと思います。これが補聴器の基本なのです。補聴器はマイクを通して入ってきた音をアンプで増幅して大きな音に変えて耳の中へ送り出す機械なのです。もう少し表現を変えて単刀直入に言いますと、補聴器は健聴者が1で聴く音を難聴者に1000(聴力レベルが60dBの人の場合)とか10000倍(80dBの人の場合)に増幅して聴かせる機械なのです。
これが内耳にある耳の中の音を電気的な信号に変える部分、いわゆる、有毛細胞や脳からの第8聴神経の神経終末細胞などを100倍とか1000倍余計に刺激します。この刺激に耐えられなくなって有毛細胞などが死んでしまいます。これが騒音性難聴ですね。
アメリカのクリントン大統領が騒音性難聴になっているのを知ってる方も多いと思いますが、彼は若い頃、エレキギターか何かをやってたために内耳への負担が内耳にある細胞の寿命を縮めてしまったのですね。ロックなどをやっている方の多くは騒音性難聴になります。いわゆる職業病ですね。私たちもロックの方々と同じように毎日私たちの耳が本来は望まない大きな音を聞かされて生きているわけです。そのため、難聴の程度がさらに大きくなってしまうケースも数多くあります。

 補聴器が発する大きな音は内耳だけに影響を及ぼすわけではありません。連続的な内耳細胞への刺激は当然脳の中の細胞をも刺激し続けることにもなるのです。身体はお互いに刺激したり、抑制しあったりして機能のバランスを保っています。これを恒常性(ホメオスタシス)を維持するといいます。当然、聴覚神経も聴覚だけに関係しているのではありません。周辺の他の機能を持つ細胞にも影響を及ぼしあっています。だから、補聴器の出す大きな音は周辺の脳細胞にも大きな影響を与え続けてもいるのです。それで例えば、一時的に平衡機能が低下したり、頭痛や耳鳴りがおこったり、目や耳などの疲労が激しくなったりし、さらにはこれらの作用が悪い方向にはたらいて、極端な疲労感、最悪の場合には恒常性が崩れて自律神経失調に陥ったりします。少し前まではこんなことははっきりしてませんでした。しかし、最近の科学の進歩で細胞内、細胞間情報伝達機構が一歩一歩明らかになりつつあり、私もここまで書けるようになってきました。

 私自身も補聴器使用による疲労がかなり激しい方です。職業柄、曖昧なコミュニケーションが許されない世界なので補聴器だけでなく、読話能力を全力で駆使します。しかし、余談になりますが、あまり相手の口を見つめると、見つめられる方も気持ち悪くなってくるようです。それで、相手に不快感を与えないように大事そうなところで口を見るとか、髪をかき上げるそぶりをしながら、あるいは目をこすったり、額に手をやったりして伏し目がちにしながら口を見るとかいろいろ工夫をしています。
特に相手が女性の時はすごく気を使います。私があまり女性と話したがらない理由がおわかりになるかと思います。これも疲れますけれども、やはり、補聴器の音が一番こたえます。平均して仕事を始めてから8時間後にはもう耳や目が耐えられなくなってきます。それで一人でいるときにボリュームを落としたり、一時切ったりして耳を休ませます。何とかやりくりして仕事を済ませた後、歩くか車で帰宅するのですが、職場を出てからすぐに補聴器を切ってしまいます。帰宅後はどうしても必要な時しか補聴器をつけません。幸い、土日が休みなので補聴器をはずしたまま家族サービスや調べものをして過ごします。買い物でも必要なときにスイッチを入れて後は切ったままが多いです。そうやってなるべく耳を休めるようにしています。ときどき仙台へ帰るときの交通手段の中ではほとんど補聴器を使いません。

 ここまで書くと、何か補聴器を悪者扱いにしているようで補聴器製造販売関係の方々のは申し訳ないのですが、補聴器は必要悪であるということをみなさんに理解していただきたく書きました。しかし、例えば、薬はもともと毒なのですが、それをうまく使って様々な病気を治すように補聴器もうまく使いこなすことが肝要です。次回はその補聴器との上手なつきあい方も兼ねて自動利得制御やリクルートメント現象についてわかりやすく述べたいと思います。それでは次をお楽しみに。

セコイヤのトピックス
遺伝性進行性難聴は有毛細胞のメンテナンスを司る転写因子の突然変異による不活化による

 今回のトピックスは「Science」の1998年の279巻の3月20日号に掲載された論文です。イスラエルのテルアビブ大学を中心とした複数の研究施設の共同研究の成果です。彼らは遺伝性かつ無症候性進行性難聴を持つイスラエルのあるユダヤ人の家系の遺伝子を様々な遺伝子マーカーを使ってメンデル遺伝に基づく連鎖検定を行いました。その結果、この家系の難聴という症状が染色体地図で第5番目の長鎖31-33バンド上に連鎖していることがわかり、この部分を難聴遺伝子座、DFNA15と命名しました。

 この難聴遺伝子座、DFNA15の中に存在する疾患遺伝子、すなわち難聴遺伝子として転写因子であるPOU4F3の遺伝子を候補として選び、様々な突然変異スクリーニングを行った結果、この家系で難聴になった人の遺伝子が突然変異によって8個の塩基配列が欠損すること突き止めました。このPOU4F3転写因子は非常に繊細な有毛細胞の傷害を修復したり、傷害を予防するような管理機能を司っていることがわかってきています。この遺伝子に突然変異が起こると正常なPOU4F3が作られなくなります。そのため、有毛細胞の管理ができなくなり、傷害を受けた有毛細胞が修復されず、最後には死んでしまいます。この現象が年とともに進行していって難聴の程度が重くなっていく、この原因を遺伝子的に突き止めた重要な論文を紹介しました。



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